「震度7を2度」熊本は5年でTSMC誘致…“半導体王国”に変えた復興策
「10年前の地震からの復興を進める中で、創造的復興を目標に掲げ、アメリカのシリコンバレーのような地域をつくろうと考えた。」

蒲島郁夫前熊本県知事は、熊本を「半導体王国」へと変貌させるきっかけとなった「創造的復興」について、こう説明した。熊本県は2016年4月、日本の歴史上初めて、28時間以内に2度の震度7(気象庁の震度階級で最高)の揺れに見舞われた。それからわずか5年で、世界最大の半導体受託生産企業である台湾TSMCの誘致に成功した。その実現を主導した蒲島氏に成功の秘訣やについて聞いた。
――「創造的復興」とは、どのような概念ですか。
「2008年に知事に就任して以来、私が掲げてきたメッセージは逆境の中にこそ夢があるというものだった。当時、熊本県は1兆円を超える負債を抱えており、難題が山積していた。そこで、私自身も給与を100万円削減し、月14万円で生活しながら、県の負債返済に充てた。こうした努力によって新たな事業に取り組める状況が整った、3期目の当選直後に地震が発生した。大きな被害をもたらした逆境だからこそ、以前よりもさらに良い形で復興し、地域の大きな発展につなげようと前向きに考えた」

蒲島郁夫前熊本県知事は1947年、熊本県の農村で9人兄弟の7番目として生まれた。食べ物にも事欠く家庭を支えるため、小学3年生から高校3年生まで、一日も欠かさず新聞配達のアルバイトをして家計を助けた。高校卒業後は農協に勤務。その後、農業研修生として米国に渡ったことをきっかけに学問の道を志し、奨学金を得てハーバード大学で政治経済学の博士号を取得した。帰国後は東京大学教授を経て、故郷・熊本県の知事に就任した。逆境を乗り越え、不可能を可能にしてきた人生そのものだった。
――「シリコンアイランド」構想は、どのように生まれたのでしょうか。
「地震発生の翌月、(東日本大震災復興構想会議の議長などを歴任した)当時の熊本県立大学理事長、五百旗頭真氏を座長とする専門家会議を立ち上げた。会議では、逆境だからこそ、半導体のような最先端技術を活用して熊本を発展させようという意見が出た。当時、日本の半導体産業は衰退し、中国や台湾、韓国などに後れを取っていた。しかし、熊本には半導体生産に不可欠な豊富な地下水があり、ソニーや東京エレクトロンなどの半導体関連工場もすでに集積していた。つまり、シリコンアイランド構想を推進するための基盤が、すでに熊本にはあった。」

――具体的に、どのように進めたのでしょうか。
「専門家会議がまとめた提案には、アジアをはじめとする世界経済の活力を呼び込むため、交通インフラを整備し、国際化を促進することや、成長分野の新たな企業を誘致することなどが盛り込まれていた。これに基づき、地震で大きな被害を受けた熊本空港の早期復旧・整備を進めるため、運営権を民間に委託した。耐震補強を行うとともに、国内線と国際線のターミナルを統合し、2021年1月には新ターミナルビルの建設に着手した。また、八代港を大型国際クルーズ船の拠点として整備し、2020年3月に完成させた。ちょうどその頃、TSMCが日本への進出を検討していた。熊本の住民が一丸となって創造的復興に取り組む姿を見て、TSMCも熊本に惚れ込んだのだと思う」
地域の大学も、半導体人材の育成に積極的に取り組んだ。2021年11月にTSMCが熊本への進出を発表すると、熊本大学は翌月、半導体分野の専門人材を育成する拠点を設置すると発表した。さらに2024年4月には、日本で初めて「半導体デバイス工学」学科を新設し、毎年100人以上の半導体人材を育成する体制を整えた。

蒲島郁夫前熊本県知事は、地域社会で懸念されていたTSMCの進出に伴う水不足問題にも迅速に対応した。
「熊本の住民は地下水、いわばミネラルウォーターを飲んで生活している。TSMCも、熊本の地下水や農業を大切にするという考えを持っていた。熊本県や地元自治体と、TSMCの熊本工場を運営する子会社JASMは2023年、地下水の保全に関する協定を締結した。工場による地下水の採取で水資源が枯渇するのを防ぐため、冬季に水田へ水を張り、地下に浸透させることで、工場で使用する量を上回る地下水を涵養するという内容だ」
2024年12月にTSMCの熊本第1工場が量産を開始してから約1年7カ月後の2026年7月28日、熊本は再び震度7の強い揺れに見舞われた。しかし、10年前の地震から得た教訓を生かしたことで、大きな被害は免れた。
「自然災害はいつ起こるか分からない。10年前の地震を契機に強固なインフラを整備し、災害に対する抵抗力を高めてきたことで、今回の被害を最小限に抑えることができた。また、私が知事を務めていた当時、副知事を務めていたのが現在の木村敬知事だ。県庁の職員も私とともに創造的復興を経験してきた。過去10年間にわたり、自然災害への対応を担う人材も育成してきたわけだ。熊本は今後、さらに素晴らしい創造的復興を成し遂げ、半導体産業を一段と発展させていくだろう」
――半導体業界には、好況と不況を繰り返す波があるとの指摘もあります。
「人工知能(AI)ブームを背景に世界的な需要が拡大しているため、過去のような大きな変動については、それほど心配する必要はないと思う。ただ、懸念されるのは、米中の覇権争いの中で半導体が政治的に利用されたり、戦争に使われたりする可能性があることだ。AIが設計する政策や戦略によって、こうした危険がさらに高まる可能性もある。経済的な利益だけを追求するのではなく、AIと共存しながら、半導体が平和的に利用されるよう、研究会を立ち上げて活動している。」

蒲島郁夫 東京大学名誉教授
1979年、アメリカのハーバード大学大学院で博士号を取得。帰国後は筑波大学、東京大学などで教授を務めた。2008年から2024年まで熊本県知事を4期16年間務め、退任した。2010年に導入した熊本県のPRキャラクター「くまモン」は国内外で人気を集め、関連商品の累計売上高は1兆7700億円に達した。2024年4月からは東京大学先端科学技術研究センターのフェローとして、半導体の平和的利用に向けた研究に取り組んでいる。2025年1月には、半導体産業の発展を目指す非営利法人(NPO)「半導体文明推進研究会」を設立した。


