南京事件から約89年、中国が日本兵の手書き資料を新たに公開
日本の兵士が1937年に家族に送った手書きの手紙
南京陥落から1週間後の大規模な殺害の記録
中国「異なる資料が蛮行を相互に裏付ける」

中国が、日本の敗戦から81年に合わせ、南京事件に関する記録を新たに公開した。
16日、国営の新華社によると、南京大虐殺犠牲者記念館は、中国に侵攻した日本軍の兵士の手書きの手紙などを公開する資料の寄贈の行事を前日に開いたという。
今回公開された、日本軍第16師団の兵士、石川盛太が1937年から1939年にかけて書いた書簡と、日本軍第114師団の兵士、三井茂正が日本に送ったはがきなどには、当時の日本軍の行動が詳しく記されていたと、新華社は伝えた。
特に、石川が1937年12月20日に書いたとみられる手紙には「数日前に敗残兵1万人余りを殺した」と書かれていた。手紙が書かれた時点は、南京が陥落してからわずか1週間後だと、新華社は指摘した。
この記録は、南京事件の当時、日本軍第16師団が中国軍の捕虜を大規模に殺害したという主張を裏付けるものだと評価されている。同じ部隊の兵士、東史郎の日記とも突き合わせて検証されるという。
三井が送ったはがきには、1937年12月12日、所属していた部隊が南京の中華門の近くにある金陵の兵器工場を攻撃した際、多数の中国側の捕虜と武器を捕らえた状況が記されている。
記念館は、これらの資料を含め、文物や史料150点(セット)と文献の資料100点余りを今年上半期に新たに収集したと発表した。また、史料の大部分は中国の若者から寄贈を受けたと説明した。
中国国家記憶・国際平和研究院の孟国祥研究員は「これらの文物や史料、文献の資料は、南京事件など、中国に侵攻した日本軍の蛮行の実態を示している」と述べ「資料の出どころはそれぞれ異なるが、相互に裏付け合うことで、否定できない証拠を構成する」と語った。
日本軍は、日中戦争のさなかの1937年12月13日から翌年1月にかけて、当時の国民党政府の首都だった南京市で、軍人と民間人を問わず多数を殺害した。中国は、当時30万人以上が犠牲になったと主張している。
中国はこれまで、南京事件に関して寄贈を受けたり発掘したりした史料を継続的に収集・整理し、公開してきた。また、2014年からは南京事件の追悼の日(12月13日)を国家級の行事に格上げし、国家追悼式を開いている。

