ブッシュ元米大統領「小泉氏、9・11翌日に最初の電話…自由世界は協力できると確信」
小泉氏、9・11直後に最初の電話
日米同盟強化、「歴史の皮肉」も浮き彫りに
犠牲者2,977人、国民的結束の象徴に

ジョージ・W・ブッシュ元米大統領は、米同時多発テロ(9・11)から25年を迎える2日前の9日、「テロ翌日の12日朝、当時の小泉純一郎首相を皮切りに、世界の首脳らから次々と電話がかかってきた」と振り返り、「小泉氏からの電話は、自由社会(free societies)が協力し合えるという確信を私に与えてくれた」と語った。ブッシュ元大統領は同日午後、テキサス州の南メソジスト大学(SMU)にあるジョージ・W・ブッシュ大統領センターで開かれたイベントで、コンドリーザ・ライス元米国務長官との対談中にこう述べた。記録によると、韓国の金大中(キム・デジュン)大統領(当時)は、テロ発生から8日後の19日にブッシュ元大統領と電話会談し、テロを非難するとともに哀悼の意を表明した。
ブッシュ元大統領は小泉氏からの電話について、「私たちの父親の世代が互いに戦ったことを考えれば、実に皮肉な(ironic)電話だった」とし、「それでも小泉氏は電話をかけてきて、両国が相互防衛を通じて互いの自由を守っていこうと話した」と振り返った。ブッシュ元大統領の父、ジョージ・H・W・ブッシュ元米大統領は第二次世界大戦中、海軍の戦闘機パイロットとして従軍し、1944年に当時日本領だった父島近海で撃墜され、パラシュートで脱出した。米軍人9人が海に落ち、パイロットの中では、当時海軍中尉だったブッシュ氏だけが生還した。ジョージ・W・ブッシュ元大統領と小泉氏の個人的なつながりを背景に、日米同盟は2000年代前半から中盤にかけて飛躍的に深化したと評価されている。
この日のイベントでは、9・11テロを巡る秘話も一部明かされた。テロ当日、フロリダ州の学校を訪問中だったブッシュ元大統領がホワイトハウスに到着した後、ライス氏に最初に発した言葉は「ローラ(大統領夫人)はどこにいる?」だったという。ライス氏は「本当に家族への愛情が感じられた」と語った。ブッシュ元大統領とライス氏はいずれも、事件発生当初は「単なる飛行機事故だと思っていた」と振り返った。ブッシュ元大統領は「テロ後、犯人が誰なのかはかなり早い段階で明らかになった。私が最も重視したのは、トラウマを抱える犠牲者の遺族や国民を慰める『最高指導者(Comforter in Chief)』としての役割だった」と述べた。さらに、世界貿易センター(WTC)が崩壊したテロ現場であるニューヨーク・マンハッタンの「グラウンド・ゼロ(Ground Zero)」を訪れ、「想像を絶する働きを見せた消防士や警察官たちの犠牲と勇気、献身を目の当たりにした」と振り返った。
9・11テロでは、ニューヨークの世界貿易センター、ワシントンD.C.の米国防総省(ペンタゴン)周辺、ペンシルベニア州シャンクスヴィルなどで計2,977人が犠牲となった。ブッシュ元大統領は「『9・11で愛する人を失った』という人に会うたびに悲しみを感じた。特に幼い子どもたちと向き合うのは本当につらいことだった」とし、「私にできる唯一のことは、彼らを強く抱きしめ、『あなたのことを気にかけている』と伝えることだけだった」と語った。9・11テロ後には軍への入隊志願者が相次いだとし、「米国が危機に陥れば、米国人は立ち上がって対応する」「私はその姿を実際に目の当たりにした。米国は本当に素晴らしい国だ」と述べた。同年10月30日、ニューヨークのヤンキー・スタジアムで行われたワールドシリーズ第3戦で、ブッシュ元大統領が防弾ベストを着てマウンドに上がり、始球式を行った姿は、米国が9・11テロを乗り越える象徴的な場面として今も残っている。9・11テロを巡る様々な陰謀論については、「そうしたおかしな連中(nuts)は気にしないようにしている」と語った。
この日のイベントには、当時、空軍少佐としてワシントンD.C.近郊のアンドルーズ空軍基地に勤務していたJ・ダニエル・ケイン米統合参謀本部議長も出席した。F-16戦闘機を率いて出撃し、首都防空作戦を指揮したケイン議長は、旅客機を撃墜するかどうかを戦闘機パイロットの裁量に委ねるという「交戦規定」を聞いた瞬間について、「この25年間、私の記憶に深く残っている瞬間の一つだ」と振り返った。また、「どのような状況に直面するか分からない。信じられないほど困難なことをしなければならないかもしれないが、私が君を守る」と語った、当時ワシントンD.C.州兵の航空団長だったデービッド・ワーリー・ジュニア将軍のリーダーシップを忘れることはできないと述べた。ケイン議長は「2,977人が犠牲になった一方で、自らを顧みない勇気ある行動が絶え間なく続いた日でもあった」とし、「互いにぶつかり合い、時に軋轢を生むこともあるが、国が困難に直面すれば一つにまとまる。それが米国人のアイデンティティーだ」と語った。

